走・山・友・学・日記(かしまえくすぷれす)

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help リーダーに追加 RSS ※下谷七福神めぐり※(走友会)

<<   作成日時 : 2009/01/08 12:09   >>

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1月4日(日)埼玉南走友会の行事で、東京の「下谷七福神めぐり」を行った。
参加したのは17名。午前9時前に「鶯谷駅」に集合した。

下谷七福神は、下谷、根岸、三ノ輪、竜泉などに点在する7か寺社で、歩程1時間ほどである。
入谷鬼子母神を除いては、名の知れた寺社は見当たらないが、それぞれ下町の風情の中に溶け込んでひっそりと佇む寺社である。
なお、近くの鷲神社と初詣で賑わう浅草・浅草寺へ足を延ばし、田原町、稲荷町と歩いて上野へ出て解散した。

歩いたコース
★鶯谷駅→→寿老神(元三島神社・根岸一丁目)→→福禄寿(入谷鬼子母神・下谷一丁目)→→三面大黒天(英信寺・下谷二丁目)→→毘沙門天(法昌寺・下谷二丁目)→→朝日弁財天(弁天院・竜泉一丁目)→→恵比寿神(飛不動尊正宝院・竜泉三丁目)→→布袋尊(寿永寺・三ノ輪一丁目)→→鷲神社→→浅草寺→→稲荷町→→上野駅

鶯谷駅北口から2分ほど、ホテルの林立する一角に「寿老神・元三島神社」がある。
延命長寿の神で、狭い境内に茅の輪が設けられていて、それをくぐり石段を上がって参詣する。
朝早いので参詣者はチラホラ。
この神社は、弘安の役の折、勇将河野通有が出陣の折、四国大三島の大山祇神社に必勝祈願出陣、神恩加護のもと武功赫々として帰陣。神のお告げで大山祇神を武蔵国上野の山中に鎮座申したことに始ったと言われる。
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「福禄寿・入谷鬼子母神」は言問通りを浅草方面に10分ほど歩いたところ。法華宗本門流の寺院で、毎年7月に行われる「朝顔市」で有名である。また、安産、子育ての鬼子母尊神を勧請している。福禄寿は人望福徳の神。

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入谷鬼子母神からすぐ近くに「三面大黒天・英信寺」がある。有福蓄財の神といわれる。古くから坂本大黒堂の英信寺といわれ、弘法大師作と伝えられている「三面大黒天」は、右に弁財天、左に毘沙門天の三つの顔を持つ大黒さま。
境内に昔馴染みの「羽子板」や「コマ」などが置いてあり、一行の中で数人が羽子板やコマ回しに興じて童心にかえっていた。

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毘沙門天の「法昌寺」もすぐ近くである。その昔、日蓮聖人が現世安穏を祈願して開眼された。お堂のかたわらに今は亡き「たこ八郎」(コメディアン)のお地蔵様が合掌している。
お地蔵には「めいわくかけて ありがとう」と刻まれていた。毘沙門天は勇気授福の神。

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昭和通を千住方面に行き、少し住宅街に入ったところに「朝日弁財天・弁天院」がある。芸道富有の神。ここでは大勢の団体が参詣していた。また、町内会の有志が「福茶」のサービスをしてもてなしてくれた。
開基は備中松山城主水谷伊勢守勝隆で寛永初年、上野不忍池の弁財天を建立すると同時に、その下屋敷であった水の谷の邸内の池にも弁財天をまつり、姉妹弁財天として西方の不忍を夕日、東方の水の谷を朝日弁才天と称したと言う。

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飛不動尊の「恵比寿神」は弁財天より歩いて15分、国際通りを少し入ったところにある。敬愛富財の神といわれる。
境内は狭いが、多くの提灯が掲げられているのが特徴だ。
1530年本山派修験者の正山上人が開山した天台宗の単立寺院。飛ぶという名前から近年航空関係、旅行関係の方々の祈願が多いとも聞いた。

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布袋尊の「寿永寺」は、三ノ輪にある。清廉度量の神。寿永法尼という尼さんが、徳川二代将軍秀忠公の菩提を葬うために、この地に庵を営み、現在にいたるまで法灯が続いている。
当山七世敬首和上が弥勒菩薩の化身といわれる布袋尊を崇敬し、庶民の幸福を願ったという。
境内に布袋様が鎮座する。
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                                (布袋尊の寿永寺)
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(賑わう浅草仲見世)




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